近年、Virtual Reality(VR)技術の普及に伴い、VR 酔い(VR sickness)と呼ばれる不快症状が大きな課題となっています。VR 酔いは、現実世界で得られる感覚と VR 内で与えられる感覚の不一致によって生じるとされており、これを軽減するための様々なインタフェースが提案されています。従来は全方向トレッドミルや頷き動作による移動手法(Nodding Acceleration)などが試みられてきましたが、設置面積や実証的な効果検証に課題が残っています。
本研究では、より自然な全身的体験を目指し、リズム運動としての首振り動作を VR 内の歩行入力として利用するシステムを提案しました。音楽に合わせて首を振ることで歩行を行う本システムを実装し、予備的なユーザ調査を実施しました。調査の結果、リズム運動の仕方には個人差があり、疲労や痛みの報告、また課題設計によっては音楽を無視する傾向も見られました。主観評価では一部参加者で酔いの増加も確認され、今後は個人差への対応やタスク設計の改善が必要であることが示唆されました。
提案手法
本システムの目的は、ユーザ自身が能動的に身体内部の揺れを生成し、それを受容することで、視聴覚情報と身体感覚の不一致を軽減し、より自然な歩行体験を実現することです。首振りを主としたリズム運動を歩行入力とし、音楽に合わせて首を振ることでVR空間内を移動できるように設計しています。歩行方向は左手コントローラのスティック操作で指定し、首振り動作によって一歩前進または後退します。歩行音も再生され、よりリアルな体験を目指しています。
首振り検知アルゴリズムは、一定速度以上の頭部上下動において上昇から下降に転じた瞬間を首振りとして検知するシンプルなものです。これにより、わずかな上下動でも歩行が可能となり、頸部の疲労を抑えつつ多様なリズム運動を許容できます。また、コントローラを併用することで、単なる視界確保のための頭部移動と歩行入力としての首振りを区別し、意図しない歩行動作の発生を防いでいます。
実験デザイン
本研究の予備的調査では、提案システムと従来のスティック操作による移動(スティック移動)の2条件を比較しました。いずれの条件でも首振りを誘発するための教示刺激としてサカナクションの「アルクアラウンド」(BPM 132)を用いました。実験環境はMeta Quest 2 と左手用コントローラ、Unity で構築した一直線の街並みVR空間で構成し、参加者は道路のセンターライン上を前後に移動しながら、窓の表面に配置された「×印」を探索・カウントする課題に取り組みました。各条件の体験後には SSQ アンケートと自由記述による感想を記入してもらいました。

上図は実験で用いた VR 空間の構成を示しています。左側は Unity で構築した一直線上に建物が並ぶシンプルな街並みで、参加者は道路のセンターライン上のみを前後に移動できるようになっています。右側は探索課題として用いた「×印」の例で、窓の表面に近い少し奥まった位置に配置されています。参加者は VR 空間内を移動しながら、建物の窓に表示された「×印」を見つけてカウントする課題に取り組みました。×印を発見するためには、窓にある程度近づく必要があり、探索行動を促す設計となっています。
